結婚指輪の理想を求めて

結婚が決まって、準備を進める中、 やはり気になるのが、結婚指輪ですよね。二人してどういうものにしようかと、お店で検討してみたり結婚指輪のデザインも少し変わったものにしたかったのもあって、探していました。インターネットの情報を集めてみると、既製品のデザインプラスオリジナルといったものと、完全にオリジナルから作ってくれるお店を見つけたときは、嬉しくなりました。

友人の結婚指輪を見せてもらったとき、今は指に合わせて付けやすいように波のような曲線を描いて作られているものが多く、昔ながらのかまぼこ型といった定番は、反対に少ないのが分かりました。そのお店のホームページを見させてもらったら、余計にワクワクが加速しました。オリジナルといっても、理想していたよりも素敵なものがあったからです。単なる結婚指輪ですが、シンプルなものから、複雑なデザイン、素材を活かしたものなど、すごく様々です。どれにしょうか、選ぶ側ではなく、作ってもらう側へと気持ちを転換しました。

2人でデザインを話し合って決めて、セミオーダーのデザインで素材に拘ってみることにしました。あまり太いものは差し支えるということで、細いデザインで、人気のあるものを選び、問い合わせて、サイズやそしてウェーブがきれいなデザインも気に入りました。ダイヤも入って、うっとりすぐらいです。普段使いのリングですが、大切な意味を持っている結婚指輪ですので、なっとくいくものが一番だと私は思いました。すごく対応も親切で細かい打ち合わせをさせてもらいながら、できあがってきたときは、画面で見るよりもやはり素敵ですよね。お店は九州地方だと聞いていましたが、今はインターネットでも素敵なオーダーができるのだなと、2人で感心してしまいまいた。すごく良い記念になり、結婚式も充実して指輪交換も無事すみました。左手の薬指を見る度に幸せな気分になるので、絶対に妥協しなくてよかったと心から思います。

反抗した不登校の記憶

学校に行きたくない、そんな気持ちはしょっちゅうでした。両親が離婚をして、私は父方へ引き取ってもらったのですが、一人のときが多くて、学校でも孤立していました。だから、学校にいてもいなくても同じだろうと思ったのです。でも、担任が父に電話して、私が不登校だということがバレてしまったときには、さすがに怒られました。

いじめが原因なのか、それとも何だと相手の性にばかりする父が、少しイライラしてきました。こうなったのは、父の性だと言ってあげたらよかったのだろうと思うけれど、高校性になって「寂しい」は何か恥ずかしかったです。学校から担任が電話してきて、私立だったから、出席日数が足りないと留年になるだの、試験の結果によっては単位が少なくなくなって留年だのって、騒いでいたので、どうにでもなれとやけになっていました。

学校には、父が留年にならないように頼んできたようなことを言います。そして、父の友人から聞いたという、催眠療法を受けてみないかと言われました。面倒臭いと思い、断ると今が一番大事だからと説得されて、一緒に大阪まで行きました。カウンセリングは、面白かったです。面倒な先生かなと思ったら、意外と話が合いました。寂しかった気持ちを打ち明けたとき、黙って「頑張ったんだね」と一言があって、涙が自然と出ました。ふっきれた気がします。誰かに聞いてもらいたかったのだろうと後になって気がつきました。父が、しょげているのを見て「学校に行ってあげる」と言いました。喜ぶ姿に小さく見えたのがショックでした。年を取ったんだと思ったら、反抗もしてられないなと思い、頑張って高校を続けてあげました。

プロになるためのイラストスクール

私はイラストを描くのが大好きで、小さい頃から趣味として続けてきました。漫画家とかそういった夢とかではなく、できたらイラストを使った仕事をしてみたい、だからもう少し勉強してみたいと思ったのです。どこかいい専門学校がないか、インターネットを検索しながら、探していたら、渋谷に私が理想とするイラストスクールがあり、内容等もぴったりと合うので驚いたのですが、見つけました。

プロになるなら、本格的なところで、基本となるところからスタートできる、これは私にとって、すごく魅力的な話でした。単なるイラストレータではなく、絵本作家のようなオリジナルのストーリー展開もできれば、最高だと夢がひとつできたように感じます。渋谷ということで、職場にも近いですし、通いやすいところにあったので、早速ホームページを検索して、問い合わせてみることにしました。丁寧な対応と、話しを聞いてくれる姿勢が嬉しかったです。私は社会人になって数年たつので、年齢的にも遅いかなと不安でした。でも、やりたいことに年齢は関係ありません。いろいろな方がバラエティに溢れて、イラストっていっても個性的な世界ですから、まったく同じ人はいないことに気がつきました。

私は、今渋谷でイラスト勉強しながら、基礎から応用、そしてプロになる努力もしています。まだアルバイトでやっとこ生活していますが、きっと基盤を固めて仕事として花開くことを信じていますので、今が頑張りどきだと思っています。両親も兄も何も言いません。真剣な私の姿勢を見ているだけです。ただ「やれるところまで頑張ってみろ」と兄が言った言葉が染み渡ります。とても嬉しいエールとして肝に命じて頑張ろうと思いました。ありがとう。

メールアーカイブで広がる情報

メールというと、パソコンだけではなくて、携帯でも取り引きが多数あります。それが海外とかからのメールや契約的な大切な内容のものを送信したりと、意外とメールは大事な働きをしてくれるものだと言うことが分かります。我が社でも、会社同士企業のメールに関して、セキュリティー政策を検討しています。その中で有効なものがメールアーカイブというシステムだと言われています。

最初は、どんな機能を持っているのか分かりませんでした。でも、内容等を確認した結果、もっとも有効だと分かり、導入することに決めました。メールに関して、これまで膨大な内容が取り引きされてきたので、何月何日ということを明確にして、取り出すのに苦労しました。ところが、メールアーカイブを利用すると、簡単に取り出せるといったことで、仕事がスムーズにできる、そして、メール管理についても明確に処理できるので、ためて管理するといったこれまでのシステムよりも使用しやすいのは、社員にとって好評でした。

私もこのシステムを詳しくホームページで検索し、確認してみると、すごく有意義なシステムですし、インターネットを上手く利用したものだと思います。世界中とアクセスをして、メールも頻繁に来るので、1日の量は結構あります。不要、必要といった分類を明確にして、できるだけ利用しやすくなることは、有り難いことだと思います。試しとして利用したとき、社員の感想にすごくよいという意見が多く、私も驚いたほどでした。メールアーカイブシステム、すごいものができたなと感心しています。うまく利用していきたい、それしかありません。

残業代請求は、正当な改善策のひとつ

大学の先輩の会社でお世話になったときのことですが、当然のごとくこき使われました。仕事だからと思って我慢していたのですが、定時に帰宅することはほとんどなく、残業をしてもサービス残業になってしまい、給料は基本的な金額と交通費も半額といった内容でした。待遇とか最初に確認したものと違うので、先輩にそれを伝えると「仕方ないだろう」と、言うのです。それに避けられている予感もしたので、何かとても違和感を感じました。

そして、みんながそうだと思っていたら、同期で入った人の明細を偶然見せてもらう機会があったので、驚きました。残業分も交通費も全額出ていたのです。こには、さすがに怒り奮闘で、先輩に残業代請求をしてみたのです。やはり知り合いといった関係から、甘えというものが発生するのでしょうか。先輩は「ごめん、まとめて来月払うよ」と言いながら、交通費は全額出ていましたが、残業分はゼロです。これは、もうどうにもならないと諦めて転職をしました。

でも、どうしても諦められなくなって、インターネットで調べたら、専門の相談を受けてくれる事務所を発見して、問い合わせてみたのです。残業代請求をお願いしました。大学の先輩ですし、あまり粉とを荒立てたくなかったのですが、お金の問題は別です。すると手続きが済み振り込まれてからメールがきました「悪かった、でもこれで終わりだな」とありました。仕方がないと私は思います。仕事はなあなあでは、とてもではないけれど、やっていけないので、これでよかったのだと思います。